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「シェフ達のヒーローズ・ジャーニー」
吉い 料理長 吉井智恵一 氏
父は勤め人、母は美容師で共働きであった。
小学校の頃から自然に料理をしていた。
この頃から職人としての母の影響もあり、料理人を目指すと決めていた。
調理師専門学校へ行くために高校へも進学した。
単純に日本人であることから文化に根付いた和食を選ぶ。
この年から目指す職業がこれほど明確なのは驚きである。
京都調理師専門学校に入学と同時に、夜は住み込みで料亭で修業。
何年かの修業の後、地元の愛知県瀬戸市に戻る。
その後、ワーキングホリディでオーストラリアのパースへ飛ぶ。
何も準備をせず、野宿・ヒッチハイク覚悟の海外であった。
1年間、イタリア系オーストラリア人が経営する日本料理店で働く。
大胆な行動である。
「この経験でどこでも生きていけると思った」と言う。
帰国後、暫くして
知人の紹介で新栄の「かめい」で働くことになる。
カジュアルな和食店であったが
メニューもまかされ、11年間勤め上げた。
本来、ベーシックな日本料理がやりたかった。
昔ながらの日本料理の技術・食材を追求したかった。
その望みを叶えるため、満を持して2012年3月「吉い」をオープンさせる。
「吉い」のコンセプトは「ライブ感」。
大根1本、魚1匹も客の面前で調理する。
仕込みに時間を掛ける懐石とは異なり、その場で調理することを重視する。
スタッフは吉井料理長一人、時に奥様がサービスを担当。
カウンター7席だけの店(背後にボックス席をつくるスーペースはあるが)
お昼の予約は12時一斉スタートでお願いする。
本当は夜も一斉にスタートさせたいところだが、現在は時間予約可能である。
料理はすべておまかせ。
お昼1800円、夜は5~6000円、
来店客に出したメニューはすべて記録に残す。
次回訪問への配慮である。
単品メニューを置かないことで食材を使い切り
絶えず新鮮で高品質の食材を使用する。
顧客にある程度不自由をお願いする分、料理は最高のものを提供する。
「焼き」に関しては
皮目しか焼かない(最後までひっくり返さない)
魚も鶏肉も皮と身の間が美味しい。
皮が苦手な客も多い中、クリスピーに焼くことで皮まで美味しく食べてもらう。
素材自身の持つ油で揚げる感覚。
それ以外に焼き方に秘密のノウハウ?があるそうである。
ご飯に関しては
土鍋で炊く。
無農薬で作られた岐阜のお米を必要な分だけそのつど精米して送ってもらう。
寿司店がよく使う大粒のコメである。
評判が良い。
酒に関しては
やはり日本酒に力を入れている。
7~8種類は絶えず置いている。
静岡の喜久酔がお勧めである。
店内の設えに関しては
陶芸作家、木工作家、鉄工芸作家と様々な専門家のバックアップを受けている。
「吉い」の店づくりを作家の方達が面白がってくれている。
「吉い」のロゴ、鉄製の看板、木工のお膳、鉄製の壁掛け一輪ざし、李朝の箪笥・・・・
アーティスティックな空間を演出している。
吉井料理長は言う
「まだまだ修業の身である自分にとって、尊敬でき目標でもある板前が京都にいる」
アポなしで京都まで行き、たまたま料亭の庭にいたその人に挨拶をして、握手をしてもらい
帰ってきたこともある。
さぞかし驚かれたことだろう。
いつかその人が「吉い」に来ていただけることがあったら
恥ずかしくない料理を出したい。
そんな思いで日々励んでいる。
料理の世界には正解はないので道しるべは必要。
自分の中の基準となっている。
東京のやはり尊敬する料理人からはこんなことを言われたことがある。
「日本料理は一品だけが際立って美味しいのはダメだ。
メイン料理はない。食後に美味しかったが何を食べたか記憶にない。
2~3日後に美味しさを思い出す。
全体で心地いい流れになることが大切。
主張することがあまりない日本人の特性が日本料理の良さにも表れている。」
キーワードは「調和」であろうか?
私と吉井料理長との付き合いは「かめい」時代の10年あまりになる。
今回の取材を通して彼の料理の背景が伝わってきた。
「吉い」の料理を早く食べてみたい。
http://ameblo.jp/yoshii-nihonryouri/
取材 名倉裕一朗 2012.03.28.