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「シェフ達のヒーローズ・ジャーニー

すゞ家   オーナーシェフ   森 弘隆 氏 



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名古屋・大須の老舗レストランすゞ家は、その前身は日露戦争の頃、名古屋で最初にできた
洋菓子屋「大黒屋」であった。
戦後、今の場所で洋菓子屋を続けるつもりが、当時の食糧事情でレストランに転向したところから
始まっている。

東京・帝国ホテル、名古屋・丸栄ホテル(現在の国際ホテル)のチーフであった名コック福島氏が
すゞ家で腕をふるい、レストランとしての礎を築いた。
「とんかつ」が看板のすゞ家であるが、
実はステーキ、海老フライ、ハヤシライス、カレーライスも美味しい。
本格的なホテル仕様の味わいである。

三代目の森シェフがその味を脈々と受け継いでいる。
森シェフは実は二代目のお嬢さんとの結婚を前提に、
勤めていた会社を辞めてすゞ家に入店する。
今から29年前である。

森シェフは二代目と、さらに当時のチーフ(今でも土・日には店を手伝う)の二人から
すゞ家の味を引き継いだ。
洋食はデミグラスソース等のソース類が命、手間がかかり、大量生産が困難な性質上、
品切れのないよう気を配る。

一般的に料理人の世界では、シェフは修業の身である若いスタッフを厳しく指導し、
時には蹴ったり、殴ったり、ものを投げたりすると良く聞くが、森シェフは決して怒らない。
若いスタッフ達の自主性を尊重し、絶えず明るい職場を目指している。
仕事をしている時が一番楽しいと森シェフは言う。


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そして、ある時常連のテレビ局プロデューサーからワインに合う料理を作ってほしいという
リクエストがあり、これをきっかけにお酒に合う創作料理を手掛けるようになる。

先ずは日本酒から始まった。
全国の蔵元が取引する横浜・君嶋屋の社長(森シェフと同年代)との出会いがあり、
日本酒・ワインのいろはを学ぶ。
「日本酒は先ずは多くの種類を扱うのではなく、地酒を扱え!」
「愛知なら義侠、これ一本で行け!」
といった具合であった。

その後も名古屋の著名なワイン関係者との様々な出会いがあり、
お酒と料理への関心が益々高まってきている。
ワイン会も長年開いてきた。

通常、老舗レストランと言うものは、代々伝わる味だけを守っていく店が多い。
味を変えず、大切に守り抜くことは大変なことである。
しかし、「伝統とは料理に限らず絶えず新しいことにチャレンジすることで守られる」とも
言われる。
伝統の継承には絶えなる革新が必要である。

森シェフとお話ししていると絶えず「お客様の満足を!」という姿勢が感じられる。
取材中、こんな話を伺った。
インターネットのグルメサイトの自店への書き込みを見ていると
「ご飯のおかわりはできるのだろうか?」とあった。
早速、森シェフはメニューに
「ご飯のおかわりはご自由に!」とメモを貼った。

グルメサイトの書き込みに一喜一憂するシェフも多い中
この素早い対応、反応力、
素晴らしい姿勢ではないだろうか!
伝統に胡坐をかくのではなく、絶えず顧客と向き合う姿勢がそこにある。

森シェフは三代に亘る伝統の味を守りながらも
絶えず新しい料理の世界にチャレンジし続けている。
ワインの持ち込みもOKにして、外食慣れした顧客を集め、
自分の料理に対する意見を聞くことも怠らない。

また、ご子息(大学生と高校生)お二人もすでにすゞ家の後継者を宣言している。
反映し続ける事業にとって後継者は最大の課題である。
子供が父親の職業を継ぎたいと思っているということは
子供の目には父親の職業が魅力的に映っているということである。

三代目から四代目へと、すゞ家はどのように進化していくのであろうか?
老舗の理想的な経営ビジョンがここにはある。

                                   取材  名倉裕一朗 2012.03.25.

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