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「シェフ達のヒーローズ・ジャーニー

おでん&ワイン カモシヤ  オーナー  橋本 雄生 氏 



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高校時代はバンドとバイトに明け暮れる。
そしてプロレスの追っかけも・・・・
ステーキチェーンの皿洗い、喫茶店のホール、ライブハウスのキッチンと
アルバイトは何れも飲食店であった。

いつか店をやりたいと言う思いはこんな頃からあったが
内装デザインにも興味があり、デザイン専門学校に入学。
やはり飲食業への思いから調理師専門学校に入り直す。

卒業後、地元で料理人を経て
その後、好きな音楽(クイーン)のメッカ、ロンドンで2カ月遊ぶ。
クラブやライブハウスを廻った。

帰国すると名古屋のレストランバーで働く。
はじめは料理長として入ったが、バー的要素の強い店であったため
お酒に求められる料理の傾向の違いを感じ、チーフとして接客にも
係わるようになる。
ビンテージのウイスキーやバーボンやラムが特徴で、種々のフェア等、
企画を担当する。
特にこの頃からワインに関心が出てくる。

月に1回はは東京・大阪に繰り出し、有名店を廻りまくった。
東京のグローバル・ダイニングは憧れであった。
いっしょに出かけた仲間は当時名古屋発信の勢いづく居酒屋チェーンの
店長が多く、料理や飲料だけではなく、マネジメントの重要さも痛感する。
酒や料理をどれだけ知っていてもマネジメントに関してはほとんど
考えていなかった。
これを境に経営の勉強も始めることになる。

そして東京で1カ月、大阪で1カ月、
さらに3か月間、ヨーロッパへ
ドイツ、オランダ、プラハ、アイルランド、パリ、カリブ海、イタリア、スペイン、スコットランド、
ロンドンと廻って飲みまくり、食べまくった。
全部で400万円は使った。
(豪快である)

そして仕事に戻り、イタリアンレストランの立ち上げに係わる。
しかし、運悪くオープン1週間前に交通事故にあい
20日間、病院で寝たきりとなる。
人間は長期間寝たきりだと筋肉が衰え、立つことも、歩くこともできなくなる。
そして2カ月で退院させられる。

丁度その時、3店舗を経営する居酒屋から販促等の裏方の仕事を
やらないかとの誘いを受ける。
旬の料理や飲み物のフェアの企画、広告代理店との打ち合わせなど
リハビリを兼ねた仕事のスタートとしては有り難かった。
この時期、時間的余裕もあったので、念願であったワインソムリエの
資格も取得した。

この後は名古屋駅のワインバーの店長として働く。
20席の小さな店ではあったがかねてから考えていた
ワインのセールスコンテストにエントリーをした。
40席以下のワインバー部門においてオーストラリアワインの
2カ月間の売り上げが全国1位に輝いた。
そういった種々のコンテストへのチャレンジのおかげで
海外へのワイナリー体験や普通では知り合えない
著名なソムリエの方達と交流ができたり、
多くの学びと刺激を得ることができた。
一流と言われる人たちの人となりに目の前で触れた。

そして次はカジュアルなブラッスリーの立ち上げを任された。
50席と、今までではもっとも大きい店であった。
客席数の多い専門店のオペレーションの難しさ。
スタッフチームを作り上げる難しさ。
他店20店舗に声を掛け、ワインの共同購入を仕掛けたり
シャンパンのイベントを企画した。
苦労もしたが多いに勉強もさせてもらった。

そして、いよいよ独立、「カモシヤ」オープンへと進む!
しかし、オープンまでには約8カ月を掛けることになる。

自分の中で、「日本をどれだけ知っているのか?」
という思いがあった。
個人的嗜好としては、モツ、煮込み、おでん、餃子が好きである。
片っぱしから全国を廻って、食べまくり、飲みまくることを決意する。
(なんかいつもこんなパターンである:笑)
(実は2012年5月現在で、後3県で全国制覇である:凄い)

地方では必ず、先ず入った店でこのように聞く。
「この町で酒の変態の店はありませんか?」
そうすると必ず1店か2店は名前が出てくるものである。
そう言った店の店主は本当にアホである。
「よくもそこまでやる?」という店である。
でも学びは大である。
やっぱり現地に行かなくては解らない!

海外でもそうであったが
込み入った人間関係のないところで
相手の懐に飛び込み、その人を知る。

飲食業界だけに居ては経験できないことである。
小さな洗面器に顔を突っ込んで
いつまで息が続くか我慢比べをしているようなものである。
小さな勝ち負けにこだわっているのではなく
もっと広い大きな世界で戦おう!!
そう言いたい。
(なかなか過激である)

2010年7月6日オープン。
そして、「カモシヤ」の売り物は?
最初はモツ煮と自然派ワインで考えた。
でも何かピンとこない。
京都で食したおでんでピンときた。
この直感からカモシヤのシジミ出汁のおでんが生まれる。
当初、「こんな味の薄い味噌おでんがあるか!」と客に怒られた。
名古屋の味噌おでんとは似て非なるものである。
味噌の味というより出汁の味で食べる。
私の友人曰く「二日後にまた食べたくなるおでん」
まさしくその通りである。
名古屋人より出張者や名古屋以外の出身者が
先ずは「美味しい」と言ってくれた。
何度もぐらついたが踏ん張った。

自分がいなくては廻らない店にはしたくない。
やればやるほど自分が消耗していく店にもしたくない。
自分の色を消すことと表現することとのバランスをとる。
ほとんど案内をせずオープン2カ月、損益分岐点を切ってしまった。
正直焦った。
改めて販促に走り回った。
スタッフの接客を見直し、本来のカモシヤのコンセプトを徹底させた。
客を呼ぶのは自分の仕事。
一度来店した客を再度呼び込むのはスタッフの仕事。
絶えず自分とスタッフに言い続けた。

また店内ではなるべく客に介入しろ!とスタッフに教える。
先日私が仕事仲間と来店した時も、女性スタッフが
「今日はどんなメンバーですか?」と聞いてきた。
「仕事仲間」と答えると
「どんなお仕事されているんですか?」と切り込んでくる。
明るい笑顔で元気よくテーブル脇で5分ほどしゃべっていった。
このサービススタイル(客への介入)を支えるためには
スタッフの時間的余裕をつくるためのオペレーションの
簡素化のノウハウがある。
料理の提供スピードの速さも原価率(人件費率)を下げることになる。
確かにこの店のスタッフは動きが機敏である。
何に時間を掛けて、何に時間を掛けないか?
この仕訳、判断が重要である。

「自分らしくすることと仕事をすることは違う」
「仕事上は違う自分を演じる」
「自分はその店の演者をやりきる」
そんなことを平然と言い切る。

2店舗目は業態を変えてやりたい。
カモシヤのスタイルにはこだわらない。
失敗する確率を最大限減らしたい。
バブル後、出てきた東京の飲食店経営者はシビアである。
うまくいっている人は皆シビアである。
そして絶えず情報の上流にいる。
そして趣味は悩むこと!
いくら知識や経験があっても店がガラガラでは意味がない。
沈着で冷静な経営者の顔である。

一見アウトローなスタンスに思える橋本氏であるが
業界の横のつながりも大切にしている。
「新名古屋メシ創り隊」など同業者間での仕組みづくりにも熱心である。
志のある人が名古屋に増えて、他県からもわざわざ店を見に来るようにしたい。
TPOをわきまえて、お店に合わせて楽しむことのできるスマートな客が増えて欲しい。
思いはますます膨らんでいく。

しかし、最後にやりたい店はコアなバーだそうだ。
カウンターに座った客に先ずは一杯出す。
その酒に対するその客をコメントを聞いて
次の酒を俺が決める。

本当にコアな、いやアホな変態バーである。
カモシヤの次の店はどんな店なのだろうか?

                                      取材  名倉裕一朗 2012.05.18

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